前田くんの留守の気配のしみじみと梅匂いたつ路地の奥より
家具きえて磨きあげられし空き部屋に時間はぬめっと流れゆきたり
四肢を折りたたんでねむる獣だろうダンボールふたつ重ねてしずか
夜半冴えて隣の部屋につくラジオ浮き上がり浮き上がり目瞑る
もうながく揉んだ煙草の芯だったこのしなやかな刃こぼれのため
ゆびだけを濡らして洗う粗暴さを見届け雪の日の過ぎさりき
卒業式の日の曇りぞら ひろびろとかかりて翳る二年後のあさ
水を飲むとき湧き起こるちからあり窓辺のモニュメントが光りだす
駅をゆく学らんみんな海苔巻きに見えて眩しき春の装い
影響をあたえる人と受ける人が凭れあうような樹々の角度よ
メンテナンスにかけるべきひとり二分咲きの桜の家を過ぎてつまずく
唐突に好きな映画を告げられる川辺の春があってもいいな
風のこころのさやけさ吹いて転がせる万年筆には傷深くある
もう煙草はやめよう、と思うコンビニを背にここからが暗い道ゆき
夜の底に液晶いくつも燃えており負けず見開くわたしたちの眼
夢のなかで戦い疲れしわれの眼を鏡にともる眼へ近よせつ
あんな高さを運ばれてゆく硝子板こらええず鳴るまだ昇りゆく
日輪がほとんど頭上へのぼるときしずかさは和紙を貼りいるような
誤って緑茶にごまのひとつ浮くある朝きみが退寮しゆく
もっとも長い手紙したため強くつよく三つ折りしつつ躍る心は