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temae-miso 1月

喫煙所のたばこの煙 ふわふわ これから行くけど地獄みたいだ

                 黒川鮪(福岡女学院短歌会・九大短歌会)

                (「禁煙できたい」/『九大短歌 第七号』より)

 短歌をその内容でジャンル分けするのはあまり好きではないが、そのジャンルの1つに「相聞歌」がある。つまりは恋の歌。名前からして歴史の深い形式なのだが、個人的に相聞は2つの分け方があると思っている。歌が想いを御している場合、そして歌が想いに御されている場合。僕が好きなのは後者だ。そういうタイプの相聞は、歌を読むときこちらが詠み手として予想してしまう歌の展開、レールのようなものをたやすく逸脱する。今回は想いに御された相聞と、その可能性についての話。

そもそも想いに御されている歌とは何か。同作者の歌から一首引きたい。

会えなさがうつくしさなら会いたいよからだを連れて飛行機に乗る

             (「川面もいのち」/『福岡女学院大学短歌会vol.1』)

会えなさ=うつくしさ、という提示。この一般論的な定義づけがこの歌のレールを形作り、そのレールに従って歌が展開されていく、と読み手は予想してしまう(これは歌の作り手としての意識だろうか)。「なら」という接続があればなおのことだ。ところが3句目は「会いたいよ」。会えないことが美しいことだという定理を、ノーモーションで自ら否定している。そして主体はその勢いのまま飛行機に乗って会いに行ってしまった。「会いたい」と思っている主体の「からだ」を引き連れて。この「からだ」はある種主体の「本能」の象徴のような働きをもっている。身体がまず動いて、魂とか理性がそれに遅れているような、そんな感覚かもしれない。

いま挙げた歌が、想いに御された歌。しかし今回の掲出歌はそのもう1・2歩先にある。すこし読みに補助線を引くため、おなじ連作の中から数首引用したい。

馬鹿話ばかりする帰路 馬鹿ほど遠くふたりを馬鹿と呼んでください

ぐううっておなかが鳴ってわたしたち、空腹なときグゥ太郎だよ

濡れた路面ぬれろめんだねぬれせんだ 西鉄バスは時間にルーズ

(『禁煙できたい』)

1首目。「ばか」という音のリフレインを、「馬鹿」という漢字書きが一首に3度登場するインパクトそのものが超えてくる。3句目「馬鹿ほど遠く」の音と語両面からの拡張が、歌に勢いをもたらしている。2首目は上の句が読点も含めてフリになっていて、だからこそ「グゥ太郎」という謎の存在、そしてそこに「わたしたち」を当てはめる超理論が面白く映る。3首目は会話の歌だろうか。1語1語の接続が緩いが、その緩さのままで1首の中でストーリーは定まっている(西鉄バスはおもに福岡市内を走っているバス)。これらの歌に共通しているのはある種の全能感ではないだろうか。決して歌の作りが甘いわけではない。ただこの連作を通しての主体の「無敵感」が躊躇のないことば選び、そしてその語に合わせた歌の作りを生み出していると思う。

いま挙げた3首に共通する全能感、無敵感は(少なくとも歌の構造的には)他者の存在、それによってもたらされる安心感が下敷きとなっている。ところが掲出歌は必ずしもそのたぐいではないような気がする。喫煙所を漂うたばこの煙。主体はそこに「地獄」をしかも自らが「これから行く」地獄を見いだしている。なのにこの身構えてなさはなんだろう。ひとつは景と兪のつなぎを「ふわふわ」という緩やかな擬態語が担っていること。煙と地獄という親和が「ふわふわ」によりやや削がれ、かつ語の緩さが主体のぼんやりした感じを演出するからだろう。これは(たとえ作者が無意識であっても)テクニックの問題だと思う。ここで先ほど挙げた連作による補助線、つまりは連作を通しての主体の全能感を読みに加えたい。僕が連作の中でこの1首を読んで、いちばん驚いたのは4句目の「これから行くけど」だった。地獄へ「これから行く」という事実を、たしかに把握はしている。なのにそのことへの恐れや不安が一切読み取れなかったからだ。語調の軽さやそもそもの現実感のなさがそうさせている、という分析もあるだろう。ただしそれらはそもそも「これから行く」という言葉運びを選んだあとにくるものだと思う。この歌1首を見たときに、そこに他者の影はない。この歌自体は相聞の形式を成してはいないだろう。それでもこの歌は何かしらの想いによって御されている。連作の中に登場するひとりの主体を通してこの歌をみたときにそれはやはり他者の存在で、他者によってもたらされる全能感が主体の死生観にまで及んでいるように思えるのだ。やはり想いはどこまでも歌という形式を裏切れる、そんな可能性を秘めている。

                                  石井 大成

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