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temae-miso 9月

きっとまた迎えに来るねいつの日かこのナツメグを使い切ったら

      川崎瑞季(京大短歌)(「しょうもない星」/『京大短歌 24号』より)

 月連載のこの企画も今回で折り返し。月1で書いているくせに季節感が全くないことが気になり出したので、軽い近況報告からはじめたい。8月末から9月にかけて、奥多摩で開かれた学生短歌会合同夏合宿2018に参加してきた。勉強会や深夜突発的に開かれる歌会など、内容としてもとても充実していたのだが、なにより普段会えない人たちと話せたのがよかった(同人メンバーの何人かともひさしぶりに会えた)。そんななか、ある人が興味深いことを言っていたので今回はそのことを軸に書こうと思う。曰く「短歌をつくっていて『行く』という動詞を用いた場合、推敲の過程で一度それを『来る』におきかえてみる」らしい。おもしろい。

 今回の掲出歌は15首連作「しょうもない星」の15首目。「いつの日か」が歌のなかでその前後の橋渡しをしている。「いつか迎えに来る」という途方もなさ。そして途方もなさの上限として「ナツメグを使い切る」という行為がある。ナツメグなのでけっしてすぐ使い切るわけではないだろう。その事実がかえって「途方もない」ということの尊さと、それでもいつかは迎えに来ることの希望を両立している。「また」迎えに来る、ということの一回性のなさも希望を感じさせる。連作においてまさにエンディングのような役割を担っている1首だと感じた。

 そんな歌のなかでとくに惹かれたのは「迎えに来る」の「来る」だ。当然であるが迎えに「行く」ことと「来る」ことは違う。第一にそれは発話者の違い(迎えに行くのは待たせる側の、迎えに行くのは待つ側の発話)だろうか。しかしこの歌において迎えに来ると発話をしている(思っている)のは待たせる側である。このことがフックになって、先述したこの歌の「希望」がより深くなる。この場合の「来る」は待たせる側が「待つ側の立場にたった」うえでの表現ではないだろうか。掲出歌の1首前にはこのような歌がある。

君と親しすぎて君になったままもう出ていくよ、もう出てくのか

                                (同連作より)

 「君と親しすぎて君になる」という超理論を止めない「まま」歌が流れていくのが面白い。「出ていく」と「出てく」の言い方の違いによる二面性も巧みだ。そして先ほど述べた掲出歌の主体と相手の一致感は、実はこの歌からはじまっている。あくまで主体は迎えに「行く」側なのだが、相手との距離の近さにより迎えに「来る」という言葉を選ばせたように思える。

 と、ここまで書いておいてなんなのだが、別にこのような「迎えに来る」の用法は短歌特有のものではない。例えば幼稚園の送り迎えなどで親が子に「すぐ迎えに来るからね」などと言う。これも子どもにわかりやすいように、あるいは納得させるために親が「子どもの立場にたつ」表現だろう。ただ(おそらく主体の自由性がそうさせるのだろうが)短歌においてそれはより自由になる。

 要するにフォーカスの問題なのかもしれない。限られた枠のなか作り手は様々なものにフォーカスをする(せざるを得ない)。掲出歌においては相手に、あるいは主体と相手が再び会う、という結果にフォーカスをした結果が「迎えに来る」なのではないだろうか。この連作のなかに、こんな歌がある。

いずれ飲み終わるジュースがくちびるに触れては離れ遠のいてゆく

                                (同連作より)

ジュースを飲む主体、ではなくジュース自体がフォーカスされている。その結果として「遠のく」というやや感情的な動詞が選択され、「いずれ飲み終わる」がチープにならない。他の歌からも、連作のなかで主体の意識が様々なところに「潜り込んでいる」という印象を受けた。

短歌のなかで、ひとは自他の垣根を簡単に越えられる。「迎えに行く」ことはときに「迎えに来る」ことであり、「会いに行く」ことは「会いに来る」ことであるのかもしれない。                               石井大成

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