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temae-miso 7月

  • 石井大成
  • 2018年7月15日
  • 読了時間: 4分

喉元にせぐり上ぐほど卵(らん)を抱く魚(うお)の嗚咽もそのまま焦がす

加瀬はる(岡山大学短歌会)(「夏のあかぎれ」/『岡大短歌第5号』より)

 歌会をする上で最も発する言葉はなんだろう、とふと考える。色々あるのだけど単語レベルで考えると「景」は間違いなく優勝候補になるだろう。「短歌や俳句は瞬間の文芸だ」的な論もしばしば目にするように、目に見えたものをいかにして切り取るか、という営みは歌を作る上でこれまでも、これからも行われていくはずだ。そして最近思うのは景の切り取りは決して無機質なものではなく、他のレトリックのように作り手の個性を反映しうるということだ。切り取る道具も、刃の入れ方も人によって全然違う。今回は岡山大学短歌会の加瀬はるさんの歌を通して切り取り方について考えようと思う。

この歌の前半の景を(無粋で申し訳ないのだが)あえて平易な言葉で表すと、「魚を焼いている主体。その魚には喉元に達するほどに卵が詰まっていた」という感じだろうか。人と魚。食う食われるの関係や命に思いを巡らせられる重厚なモチーフだ。これが景における「共有できる」部分。これを共有させることに比重をおいて歌にすればそれは「発見の歌」になるのだろう。それも切り取り方の一つだ。しかしこの歌はその発見をさらに加速させている。

 まずは「せぐり上ぐ」。この動詞により「卵が詰まっている」という景に動きが生まれる。「一定の範囲に満ちている」表現と「あふれ出す」表現の違い。息の詰まるような緊迫を歌に与える。さらにせぐり「上ぐ」というくらいなので動きとしては下から上のイメージだろう。つまり身体感覚としての「せぐり上ぐ」という言葉は人間主体に考えたものである(この歌ののちに出てくる「嗚咽」という表現でも同じことが言える)。魚が抱えていた閉塞感が一気に人間の感覚へと反転する、そんな印象を持った。ここで言葉の意味的な話になるが、「せぐり上ぐ」を口語にすると「せぐり上げる」(同義語は「こみあげる」)。「上がる」でない部分がポイントだと思う。「せぐり上げる」のだから能動的とまではいかないいまでも自身の(この場合は魚自身)感覚に結びつくものになるのだ。ここまで書いていてこのたったひとつの動詞が担う役割の多さに驚く。さらに驚くべきはこれらの役割が「生の感覚」一点に集約されていることだ。焼かれているのだから魚は息絶えている。ただ表現の上で魚は生きていて、その感覚が主体と密接に結びついているのだ。その息苦しいほどの生を魚の死から得るという不思議な構図を「せぐり上ぐ」という動詞が演出している。

 そしてこれらの息苦しさのすべてを「抱く」の母性が引き受け、肯定している。ここまですべてが「生きること」の表現であり、そしてその魚を食べるという行為への重みに繋がる。ここで、ここまでを「景の切り取り」という視点でまとめてみる。観察の鋭さ、切り取りの鋭さは言うまでもない。さらに特異なのは、切り取った景が熱を帯びていることだ。それは些細な動詞選びや言い回しによるもので、あくまで景は景でしかない。ただその景が静かに燃えている。例えば今年開催された第4回大学短歌バトルで最優秀方人賞に選ばれた歌。

蠅の眼を内から見上げているようなプラネタリウムに星の涼しさ

                    (第4回大学短歌バトル2回戦 題「蠅」)

における「見上げる」の表現。その等身大な言葉選びや、同連作の

角ごおり麦茶のなかでぴしと割れ小(ち)さき泡(あぶく)の音が続けり

                    (「夏のあかぎれ」/『岡大短歌第5号』)

における「あぶく」の音もそうだ。景が作者の意図そのものであるような、そんな切り取り方がされている。

 この歌のさらにすごいところはここまで培ってきた「命の尊さ」というベクトルを「焦がす」という行為に帰着させたことだ。つまりここまでの魚の景の切り取りは、命を無駄にした罪悪感をスタートにしていると考えられる。ここまで至ったとき、僕は主体にのしかかるものの重さ、苦しさに圧倒された。そもそもモチーフは魚なのだし、先述したような魚の生の苦しみ、その肯定はすべて主体の意識の中から生まれたものだ。ここまで景が熱を帯びるのは、主体、そして作者が並々ならぬ熱量をもって景を、世界を見ているからなのかもしれない。

石井大成

 
 
 

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