top of page

temae-miso 4月

考えろ。蹴られたあの日とマゾヒズムの芽生えどちらが先だったのか

牧将暉(第4回大学短歌バトル2018一回戦 題詠「蹴」)

おもしろい歌ってずるい、と思う。歌の魅力と読者の距離を最短で突っ切られる。歌の魅せられかたは色々あるが、おもしろいという感情がもたらすインパクトはやはり大きいからだろう。だからこそ、難しい。歌からおもしろさにまさる超える奥行きを感じなければ、単なる「ウケねらい」として興醒めにも似た感情を抱いてしまう。さらに問題なのは今述べた流れが読み手に定着し、ユーモアの歌=ウケねらいという構図ができつつあるところである。大学短歌バトルのような限られた時間ではなおさらだ。

今回の掲出歌は先日開催された「第4回大学短歌バトル2018」の歌から。連載2回目にして「ひとまる」メンバーの歌を評するのはどうなんだ、手前味噌が過ぎるだろ、的な葛藤もあったがこの歌を深く掘り下げたかったのだから仕方ない。なにとぞご容赦いただきたい。では何を掘り下げたいのかというと、掲出歌のもつ奥行きについてだ。この歌のもつ迫真性、そしておもしろさは読み手の第一印象のさらに先に存在するように思う。

まずは歌の構図から。「考えろ。」という命令形からこの歌ははじまる。この命令形は他者に向けたものなのか、それとも自分に言い聞かせているものなのか。断定はできないが「あの日」「マゾヒズム」という主観的な言葉から、後者を推したいと思う。主体は何を考えようとしているかというと、(おそらくは異性から)蹴られた日と自身のマゾヒズムが芽生えた日とではどちらが先であったのか、ということだ。それだけの歌である。それだけだから面白い。

「どちらが先か」と言ってはいるが、「蹴られたあの日」は固定された特定の日である。したがってこの問いは実質、「自分のマゾヒズムは蹴られたあの日以前のものか以後のものか」ということだ。また「芽生え」という言葉から現在の主体にはマゾヒズムの感情があると考えられる。このことも踏まえて問いをさらに言い換えると「蹴られた時点で自分の中にすでにマゾヒズムはあったのか」となる。この些細な違いを主体は考え、思い出そうとしているのだ。「考えろ。」という命令が自身に向いたものだとするならば、より一層の緊急性を感じる。

さらに読みを一歩進めて、主体はなぜこのようなことを(真剣に)考えているのかについて深めていきたい。そもそも、なぜ先述したような疑問が主体に生じるのだろうか。このことを考えるにあたって、蹴られた際の主体の感情に着目してみる。仮に蹴られたときに「痛い」などの不快感が印象に残っているなら「考えろ」の答えは自明である(マゾヒズムは蹴られた後に芽生えたことになる)。このように考えると主体は蹴られた際に快感のようなものを抱いたと考えるのが自然のように思える。それは印象的なものではなく「あの日」を回想したときにふと思い当たるようなかすかなものなのかもしれない。

そもそも「マゾヒズムの芽生え」というものに明確な定義はないはずなので、この問いに明確な答えは出ない。言い方を変えれば、主観的なものだけであれば自分の好きなように答えを出せるのである。それでも主体は「考え」ようとしている。まるでなにか動かせない事実があり、それに主体が抗っているようだ。これらから考えられる主体の感情は「あの日蹴られたときの快感を特別化したい」というものではないか。主体は蹴られたあの日、たしかに快感を覚えた。この感情を自身のマゾヒズムの一部だと受け入れることに主体は抵抗を感じる。その原因が蹴った側に対する好意なのかなんなのかは読み取れないが、とにかくあの日の事実と自身の性癖を合致させたくなくて、主体はこの答えの出ない疑問と戦っているのだろう。

この歌の良いところはこれらの入り組んだ感情を(少なくとも歌の上では)無自覚的に示しているところである。感情をそのまま読者に提示することで生まれる迫真性が歌の中で活きている。作者はこのような複雑な感情の切り取り方に長けている。

ツチノコを見たK君とともに解く男子のための恋愛検定

(第5回牧水・短歌甲子園一回戦 題詠「恋」)

などもそうである。「なぜK君と解くのか」という引っかかりから思ったよりも先に進める歌だ。

このような歌を読むたびに、読者としてのあり方を考えさせられる。ぱっと見おもしろい。でも何かが変だ。なぜだろう。そうやって読みをどれだけ深められているだろうか。「おもしろい」ことが歌を読む上でのバイアスにならないことを願うばかりだ。

石井大成

最新記事

すべて表示

「ひとまる」終刊と通信販売のお知らせ

お久しぶりです。 今年11月に東京文フリで販売した短歌同人誌「ひとまる2」は、おかげさまで多くの方々に手に取っていただくことができました。 事前にお伝えした通り、「ひとまる」は2号の刊行をもって終刊となります。 今まで応援してくださった皆様に厚く御礼申し上げます。...

第29回東京文フリ出店決定

11月24日(日)東京文フリに出店します。 創刊号と新刊の「ひとまる2」を販売します。 ブースは《テ-18》、頒価は500円になります。 新刊の販売部数は100冊程度を予定しています。 また、今回をもって短歌同人誌「ひとまる」は終刊となります。活動もこれが最後です。...

今月のtemae-miso

3月の一首評が『PROJECT』に追加されました。追加されました。 一年続いた連載も今回で最後となります。 石井大成さん、ありがとうございました。 先日更新しましたメンバーの連作の方もよろしくお願いします。。

bottom of page